『マルグリュー・ミラーに学ぶ「理論で感性を育てる」ジャズ即興論』第1回

音楽理論
Mulgrew Milller at Keystone Korner, San Francisco CA 3/83 playing with Woody Shaw © Brian McMillen www.brianmcmillenphotography.com

ソロは「旋律的プロセス × 語彙」の融合体──マルグリュー・ミラーが語る即興の構造理解

はじめに

本連載『マルグリュー・ミラーに学ぶ「理論で感性を育てる」ジャズ即興論』は、マルグリュー・ミラー本人のインタビュー発言を手がかりに、ジャズ即興の核心を3回で整理するシリーズです。

ミラーは、ソロを「旋律的なプロセス」と言い、コードの構造から音を選んでメロディを組み立てること、そしてジャズには歴史の中で育った“語彙”があることを語っています。さらに学び方は「言葉を覚えるのと同じ」で、教室だけではなく、どれだけ聴き、どう聴くかが決定的だとも。

この連載では、そのミラーの言葉を軸に、理論を「正解探し」ではなく、感性を育てて再現性を高めるための構造理解として解説していきます。


ソロとは旋律的なプロセスと今までの語彙との融合体

Q&A

Q(インタビュアー):ソロは何によって作られるのですか?

A(マルグリュー・ミラー)
「ソロには“旋律の言語”があります。コードの構造から音を取り出し、そこからメロディを作っていく。即興の中心は旋律を作ることです。ただし同時に、ジャズにはすでに積み上がった語彙の歴史があり、私たちはそこからも引き出しながら、その瞬間の創造と結びつけて演奏します。」

解説

ミラーのここでの要点は、ソロの生成を (A) 構造依存の旋律生成(B) 語彙(慣用句)の運用 の二層で捉えていることです。

まず (A) は音楽理論的にいえば、和声構造(chord structure)からの音素材抽出です。これは「コード・トーン」や「テンション」を単に羅列することではありません。即興における素材抽出は、機能和声・旋法的背景・声部進行(voice-leading)・調性感の重力など、複数の制約を含んだ“選択”です。ここで言う選択とは、単なる可否判定(鳴らしてよい/悪い)ではなく、「どの音が、次の音や次の和声へ最も自然に接続するか」という 遷移の設計 に近い。つまり即興は「音の自由な散布」ではなく、連続体としての旋律を成立させるための設計行為です。

次に (B) は、ジャズが歴史の中で形成してきた 慣用的言い回し(idiomatic vocabulary) の層です。ここでの語彙には、リズムの型、アプローチ・ノートの慣習、定型的な分割(シンコペーションやビートの裏表の置き方)、ブルーノート的屈折、ビバップ的語法、ゴスペル由来の反復句など、広い範囲が含まれます。重要なのは、語彙が「個人の手癖」ではなく、共同体が共有してきた 言語的慣習として存在する点です。ミラーはこの共同体的な語彙層を「すでに開発された歴史」として認め、そこから引き出すことを即興の正当な手続きとして語ります。

そして核心は、即興が (A) だけでも (B) だけでも成立しにくい という点です。
(B) のみなら暗唱になりやすく、文脈への適応が弱くなる。一方 (A) のみなら、生成は可能でも「語り口」が薄くなり、スタイルの密度が上がりにくい。ミラーの語る「融合体」とは、構造に根ざした旋律生成が、共同体の語彙を取り込みつつ、その場の創造で再編される状態です。ここで音楽理論は、語彙を“説明する飾り”ではなく、語彙と構造を統合するための メタ言語(上位の理解)として働きます。


アドリブの語彙を学ぶことは言語の学びと似ている

Q&A

Q(インタビュアー):その語彙はどう学ぶのですか?最初から自分の中にあるものですか?

A(マルグリュー・ミラー)
「話し言葉の習得に似ています。最初は周囲の言葉を真似し、簡単なフレーズから始め、やがて会話になる。学校で文法や構文を学ぶように、音楽でも概念的に“文”を組み立てる理解が育っていきます。」

解説

ミラーの比喩は、単なる分かりやすい例えではありません。即興を言語学的な枠組みで扱うとき、少なくとも三つの対応が成立します。

  1. 語彙(lexicon):ジャズにおける定型句、音型、リズム語法
  2. 統語(syntax):フレーズ内の接続規則、拍節構造とアクセント配置、緊張→解決の順序
  3. 語用(pragmatics):場面・相手・フォーム・バンドのコンテクストに応じた選択

このとき「理論」は、語彙を増やす行為そのものというより、語彙を統語へ接続し、統語を語用へつなぐための、いわば 運用知(procedural knowledge) を支える枠組みになります。
たとえば、同じ音列が“機能する”かどうかは、単にスケール内か否かではなく、拍の重心、コード機能、直前直後の声部進行、モチーフの反復関係などに依存します。言語で言えば、同じ単語でも文脈によって意味が変わるのと似ています。
つまり、理論は「正解の押し付け」ではなく、文脈依存の判断を可能にするための認知の足場です。

さらに重要なのは、言語習得で知られている「模倣→抽象化→生成」という一般的過程が、即興学習にも当てはまることです。模倣は単なるコピーではなく、反復の中でパターンが抽象化され、抽象化されたパターンが別文脈で生成的に使われる。この生成性こそが、即興における「自由」の正体です。ミラーは「会話になる」「文を組む」と言っているわけで、これはまさに生成性の獲得を指しています。


真似ることの重要性

Q&A

Q(インタビュアー):でもジャズは“自分そのもの”で、学ぶというより“そうするもの”では?

A(マルグリュー・ミラー)
「学ぶプロセスです。話すことも、最初は聞いたものを真似るところから始まるでしょう。音楽も同じです。」

解説

「模倣」を軽視すると、即興学習は二つの点で破綻しやすくなります。第一に、共同体語彙の獲得が遅れる。第二に、スタイルの時間感覚(タイム、発音、間合い)が形成されにくい。
ジャズの語彙は単なる音の集合ではなく、時間の使い方を含みます。言語でいえばアクセントやイントネーションに相当し、これは書物よりも音源模倣から獲得されやすい。ミラーが模倣を自然な入口として語るのは、模倣が単なる“近道”ではなく、スタイルの本質要素を含むからです。

同時に、模倣は最終目標ではありません。模倣が価値を持つのは、模倣の反復が抽象化を生み、抽象化が生成性を生むからです。ここで理論は、模倣の結果を言語化し、抽象化を加速します。つまり模倣と理論は対立ではなく、むしろ相補関係です。


第1回のまとめ

マルグリュー・ミラーの話を一言で言うとこうです。

ジャズのソロは、
コードの構成音やコードのつながりから音を選び、旋律として組み立てていくこと(旋律的プロセス)
ジャズでよく使われてきた言い回し(語彙)を活かすこと
この2つを混ぜたものです。

①コードから旋律を組み立てる=「コードの中身と流れに沿って次の音を選ぶ」

即興は「当てずっぽうで音を出す」ではありません。
やっていることは単純で、コードの構成音(コードトーン)やその前後のコードのつながりを手がかりに、次の音を選び続けて旋律の流れを作ることです。

そのときの判断はただ単に縦の響きだけのことを考えて「この音はOK/NG」みたいな話ではなくて、

  • いま鳴っているコードの中身に沿っているか
  • 次のコードへ自然に移れる(つながる)か

という “つなぎ方” の問題です。縦の響きだけでなく横の流れ(つながり)も重要視しなければいけません。

ここで理論は、テストの答え合わせではなく、
「コードの中身と流れを見ながら、つなぎやすい音を選ぶ」ための道具です。

②ジャズの語彙=「ジャズっぽい言い回し」

ジャズには、昔からたくさん使われてきた“言い方”があります。
(リズムの置き方、よく出てくる音の動き、定番フレーズの形など)

これは「自分のクセ」じゃなくて、ジャズという音楽の共通語です。
これを持っていると、ソロが急にそれっぽく聞こえます。

片方だけだと不利

  • 語彙だけ:暗記っぽくなりやすい(状況が変わると弱い)
  • その場で作るだけ:薄味になりやすい(ジャズっぽさが出にくい)

だからマルグリュー・ミラーは、両方を混ぜると言っています。

学び方は「言葉」と同じ:まず真似る

ミラーははっきり「まず真似る」と言っています。

赤ちゃんが言葉を覚えるのと同じです。
最初は聞いたものを真似して、だんだん自分で言えるようになる。

ジャズも、

  1. 聴く
  2. 真似る
  3. 少しずつ自分の形にする

この順番が自然です。

だから「聴き方」が決定的

ジャズは、音の高さだけじゃなく、リズム・間・ノリが命です。
これは本だけでは身につきにくいので、ミラーは「どれだけ聴くか」が大事だと言っています。

出典

・YouTube: Mulgrew Miller Interview
 https://www.youtube.com/watch?v=EyRGB_x7VSg
 https://youtu.be/BwK2XdXuFi8?si=UK_CzLx4Q0iI6_2G
・本稿は上記映像インタビューの内容をもとに、筆者が要約・再構成し、解説を加えたものです。逐語的な引用・翻訳ではありません。

写真:Brian McMillen「Mulgrew Miller at Keystone Korner, San Francisco CA 3-83」
出典: Wikimedia Commons
ライセンス: CC BY-SA 4.0

文・構成:浦島正裕(ジャズピアニスト/音楽理論講師)
ピアノと言葉を通して、日々、音楽の仕組みと心の動きの接点を探し続けています。
音楽の音にある「理由」を、常に多角的に考えています。
メインアーティスト:浦島正裕
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