トニー・ウィリアムスに学ぶ、【模倣】から【創造】へのジャズ的探求 第1回(全11回)#5-1

音楽理論

スタイルに走る前に、誰かになりきってみろ

「自分らしいサウンドが欲しい」
「人と違う演奏がしたい」
これは多くのジャズ学習者が最初に抱く願いかもしれません。現代では特に、“オリジナリティ”が良いことだとされ、真似することはどこか後ろめたいような印象すらあります。

でも、もし“自分らしさ”の土台が何もなかったとしたら?
その演奏は、誰にも届かないただの独りよがりになってしまうかもしれません。

トニー・ウィリアムスは、そんな問いに真正面から向き合った人物です。
17歳でマイルス・デイヴィス・クインテットに抜擢されたジャズ界最年少の革命児は、自分のスタイルを手に入れるまでに、徹底的な「模倣の旅」を経験していました。

インタビューを基にその足跡を辿ります。今回は、その出発点に迫ります。

第1回:マックス・ローチになりきるということ

トニー・ウィリアムスに学ぶ、“真似る”ことでしか得られない音楽の根っこ

スタイルの前に「誰か」になること

インタビュアー:トニー、ドラムを始めたばかりの頃って、どんな風に練習していたんですか?

トニー:13歳だったかな。最初の2年間は、マックス・ローチになりきってたよ。

もう本当に、“彼のコピー”じゃなくて、“彼そのものになる”ってつもりで、レコードと一緒に叩いてた。

インタビュアー:マックス・ローチのどこがそんなに響いたんですか?

トニー:音楽としての完成度。ドラムがリズムじゃなくて、構造を持った“演奏”になってる。

ソロもコンピングも、まるでスピーチみたいに起承転結がある。

たとえば、1コーラスのソロでも、ABA構成のようにフレーズを対比させてたりする。まるで作曲のようだった。

☆トニーから学べること☆

きっとトニーは、ドラムを“話す楽器”として捉えていたんですね。

ただ叩くだけでなく、構成や対比、テンションの配置まで考えていた。

つまり彼の模倣は、すでに「音楽理論的に分析しながら再現すること」だったのかもしれません。

模倣は“耳”と“構造理解”で成り立つ

インタビュアー:他にもコピーしていたドラマーはいますか?

トニー:アート・ブレイキー、フィリー・ジョー・ジョーンズ、ジミー・コブ、ロイ・ヘインズ……

みんな“何を言っているか”が違った。

ブレイキーはとにかく強くて、スピリチュアルな推進力がある。

フィリー・ジョーはリズムでメロディを描く天才。

ジミー・コブのタイム感には、空間を読む深さがあった。

ロイ・ヘインズは“跳ねる知性”。自由に浮遊してるけど、ぜんぶ論理的なんだ。

インタビュアー:それぞれの演奏を全部耳で真似した?

トニー:うん。でも“音”を真似るだけじゃ足りなかった。

「なぜこのフィルがここにあるのか」「このタイム感は何を支えているのか」――そこまで感じ取らなきゃ、意味がない。

テンションの流れとか、リズムの中での役割とか、コード進行との兼ね合いも耳で追ってた。

言ってみれば、“耳で理論をなぞっていた”ってことかもね。

☆トニーから学べること☆

多分、模倣というと「ただ真似するだけ」と思われがちですが、

彼の場合は「なぜそうなるか」を考えながら真似していたんでしょうね。

それってまさに、構造分析=理論的思考です。耳を通して理論を感じる、というアプローチだったんだと思います

模倣が“足りなさ”を教えてくれる

インタビュアー:模倣のなかで、自分の課題にも気づいたりしましたか?

トニー:めちゃくちゃあったよ。

マックスのような構築感が出せない。ブレイキーみたいな説得力もない。

フィリー・ジョーみたいに、コードの動きに合わせてラインを乗せるセンスもまだなかった。

でも、だからこそ「もっと知りたい」「構成を理解したい」って思えた。

インタビュアー:つまり、模倣は“次の学び”の道を教えてくれる

トニー:そう。真似をしていると、知らないことがはっきりするんだよ。

「ここでモーダルな考え方が必要だな」とか、「あ、ここはポリリズムっぽい構造になってるな」って気づける。

それが、理論を学ぶ“動機”になった。

☆トニーから学べること☆

きっと彼は、真似することで「自分に足りない知識」を自然に自覚していったんですね

そしてその空白を埋めるように、理論を後から学んでいった。

模倣 → 違和感 → 理論の習得、という流れは、とても健全な学び方だと思います。

理論は“音楽を言語化するため”にある

インタビュアー:理論は後から学んだとのことですが、どうやって習得していったんですか?

トニー:ちゃんと先生について勉強したよ。スケール、和声、対位法、コード進行、全部。

たとえば、自分がよく耳で感じてた“動き”に、実は名前があることがわかっていった。

「この感じはサブドミナント・マイナーだったのか」とか、「ここは転調というよりモーダルシフトだったのか」とか。

インタビュアー:つまり、理論は“翻訳”だった?

トニー:そう。音で感じていたことに、言葉を与える作業。

逆に言えば、理論を学ぶことで、自分の感じ方を“他人に伝えられるようになる”。

特にバンドでやるときは、コミュニケーションの武器になるよ。

☆トニーから学べること☆

理論を“後から”学ぶのではなく、“後からでも”学ぶことが重要なんですね。

感じたものに名前を与えることで、自分の表現を他人と共有できるようになる――

それが理論の持つ、本質的な意味なのだと教えてくれている気がします。

模倣は、個性をつくるための土台になる

インタビュアー:真似をし続けると、個性がなくなるんじゃないかって不安に思う人もいます。

トニー:でもそれは逆だよ。どんな演奏者をどういう風に模倣したか――

その“履歴”がそのまま君の音になる。

僕の演奏が“トニー・ウィリアムスらしい”って言われるなら、それはマックスやブレイキーを丸ごとコピーした時間があったから。

☆トニーから学べること☆

真似ることは、個性を失うことではなく、個性の“素地”をつくる行為なんですね。

「誰を真似たか」「どこまで真似たか」が、のちの表現にそのまま現れる。

模倣はスタイルの材料であり、理論はそれを組み上げる設計図なのかもしれません。

次回予告:第2回 俺がここにいる理由

17歳のトニーがマイルス・バンドで抱えた孤独と葛藤

第2回では、マイルス・デイヴィス・クインテットに加入したばかりのトニー・ウィリアムスが、

“天才”と呼ばれながらも感じていた自己否定、バンド内での疎外感、

そして“作曲”という新たな言語を見出していく過程を描きます。

次回に続きます。お楽しみに!

文・構成:浦島正裕(ジャズピアニスト/音楽理論講師)
ピアノと言葉を通して、日々、音楽の仕組みと心の動きの接点を探し続けています。
音楽の音にある「理由」を、常に多角的に考えています。

【クリエイティブノート】この連載は1992年にMusician Magazineに掲載されたTony Schermanによるインタビューを参考にし、独自の再構成と解釈を加えたフィクション形式の記事です。実在の発言内容を基にしていますが、構成上の演出や編集が含まれます。ジャズを学ぶ読者の学習と創造力を促す目的で制作しています。