はじめに: 座右の書──私にとっての『ザ・グレイト・ジャズ・ピアニスト』
ビル・エヴァンスの音楽に初めて出会ったとき、私はただ「美しい」と感じただけでした。
けれど、その美しさがなぜ生まれるのか──どうすれば自分もそのように演奏できるのか──
そんな迷いの中で出会ったのが、一冊のインタビュー集でした。
『ザ・グレイト・ジャズ・ピアニスト──27人が語るジャズ・ピアノの魅力』(レン・ライオンズ著)。
この本の中で語られるビル・エヴァンスのインタビューに、私は衝撃を受けたのです。
彼は「音楽を構造的に捉えること」「表現の裏には必ず理論的な骨組みがあること」を語っていました。
感情に任せるのではなく、構築するように演奏する。
その思想に触れたとき、私は初めて「ジャズを学ぶ」ということの意味を理解しました。
エヴァンスの語る音楽観を通して、私は知ることになります。
感覚的な素晴らしさ──あの一音ごとに漂う詩情や深みは、決して偶然に生まれるものではない。
それは、和声や時間構造、音の配置、間の取り方といった目に見えない設計を緻密に積み重ねた結果なのだ、と。
また、音楽に対して真摯で謙虚な態度で臨むこと―その事の大切さを教わりました。
それ以来、音楽の構造を丁寧に掘り下げ、理論からしっかりと再構築していくという姿勢は、私の演奏にも、指導にも、そして人生そのものにも深く影響を与え続けています。
この一冊がなければ、今の私はありませんでした。
それほどに、私にとってこの本は座右の書と呼べる存在なのです。
このシリーズで、この本の内容を抜粋・要約して紹介していきたいと思います。
書籍紹介
『ザ・グレイト・ジャズ・ピアニスト~27人が語るジャズ・ピアノの魅力』著者:レン・ライオンズ(Len Lyons)
【内容と特徴】
本書は、ジャズ・ピアノの歴史的背景から始まり、27人のピアニストへのインタビューを通じて、彼らの音楽的思想や演奏スタイルを深く掘り下げています。各ピアニストの章では、彼らの生い立ち、影響を受けた音楽、即興演奏へのアプローチ、そしてジャズ・ピアノに対する哲学が語られています。また、彼らがどのようにして独自のスタイルを確立したのか、その過程や苦悩も明かされています。👉 Amazonで見る
🎹第1回:「音楽を“建てる”という発想──ビル・エヴァンスに学ぶ、構造的な耳」
🎧 音楽家ビル・エヴァンスが語る、“音の考え方”
聞き手(ライオンズ):あなたのスタイルには、クラシックの要素も感じられますが、音楽的影響についてどうお考えですか?
ビル・エヴァンス(以下、エヴァンス):僕のスタイルは、いろんなものを分析して、混ぜ合わせて、まとめあげた結果だと思うよ。若い頃は、バド・パウエルやレニー・トリスターノ、ナット・キング・コールなんかの演奏を徹底的に聴いてコピーしてた。1小節ずつ聴き取って、ただ真似するんじゃなくて、その背後にある考え方や音の意味を掘り下げていくことが大事だったんだ。
ライオンズ:まさに独自性の獲得ですね。その「組み立てる」という言い方、とても興味深いです。
エヴァンス:音楽って、ただ音を並べるだけじゃダメなんだ。アイディアが次のアイディアに繋がっていく「流れ」が必要だと思う。構造を理解していないと、ただコード進行をなぞっているだけになる。
第1章:模倣と分析──スタイルの形成
ライオンズ:それは、あなたが「音楽家は建築家である」と話したことにも通じますね。
エヴァンス:そう。画家が色だけでなく形も考えるように、音楽家も“彫刻家であり建築家”であるべきだと思ってる。音の配置や構造を考えて音楽を作る、そういうセンスが必要なんだ。
ライオンズ:その感覚、どうやって養ったんでしょうか?
エヴァンス:地道に分析と試行錯誤を繰り返してきたよ。特にクラシック──バッハを弾くことで論理的な構造を学んだ。それと、スコット・ラファロやポール・モチアンとのトリオでの経験も大きかった。即興の中で“構築する耳”が磨かれたと思う。
第2章:構造を感じる耳──音楽家は建築家である
ライオンズ:バッハはどんな意味で影響が大きかったんですか?
エヴァンス:バッハの音楽って、すべてが「理由」でできているんだよ。音の選び方、フレーズの展開、対位法的な動き……どれも意味がある。それを自分の演奏に応用すると、即興でも“流れるような構造”が作れるようになる。
ライオンズ:なるほど、「流れる構造」ですか。
エヴァンス:そう。即興演奏でも、フレーズが意味を持って繋がるには、構造の意識が必要なんだ。バッハを通して、それを身体に染み込ませた。
第3章:クラシックからの影響──バッハと即興の構造
ライオンズ:先ほどの比喩──音楽家は彫刻家であり建築家である、という点をもう少し掘り下げてもらえますか?
エヴァンス:彫刻家は素材に触れ、構造を削り出すように形を与えていく。音楽でも同じように、空間と時間の中に音を「置いて」いく感覚があるんだ。建築家のように、全体のバランス、支え合う構造を考える視点も必要だよ。
ライオンズ:まさに音のデザインですね。
エヴァンス:そう。単なる装飾じゃなくて、音楽を支える「骨格」なんだ。その意識があると、たとえブルースでもフォークでも、深い構造を感じながら演奏できる。理論と感覚、両方が必要なんだよ。
第4章:理論と感覚──音の骨格を意識する
ライオンズ:理論と感覚、両方が必要という話が印象的ですね。即興において、そのバランスはどう意識していますか?
エヴァンス:僕にとって理論は「地図」のようなものなんだ。目的地に向かって進むために必要だけど、実際に道を歩くときの感覚──風景の変化や足元の感触──そういうものも大切。演奏も同じで、理論だけでは“感じる”ことができないんだ。
ライオンズ:構造を理解していても、感情がなければ音楽にはならない、と。
エヴァンス:そう。理論はあくまで土台。そこに乗せる“音の重み”や“間の取り方”は、感覚で磨くものだと思う。大事なのは、両方が互いに支え合ってるということなんだよ。
🧱 ビル・エヴァンスから学べること
- 音楽の“構造”を意識することで、フレーズが自然に繋がる:
→ 単にコードやスケールを当てはめるのではなく、「前後のアイディアのつながり」を意識してみると、音楽に流れが生まれてくるんじゃないかと思います。 - スタイルは「模倣+構築」の結果なんですよね:
→ 好きな演奏をコピーするのは大事な出発点ですが、それをただ真似るだけじゃなくて、「どうしてそう弾いているのか?」と考えながら、自分なりに再構築していくことで、自然と個性が生まれてくると思います。【トニー。ウィリアムスも同じことをいっています!⇒トニー・ウィリアムスの記事はこちら】 - 建築的なセンス=時間軸で考える力:
→ フレーズがどこから来て、どこへ向かっているのか。そんな風に、音楽を時間の中で捉えることで、1音1音が意味を持ち始めるんですよね。 - クラシック(特にバッハ)からの学びを即興に活かす:
→ 対位法やモチーフの扱い方って、実は即興演奏にも応用できるんです。バッハを丁寧に分析しながら弾くことで、耳や構造的な感覚が自然と育まれていくと思いますよ。
📚 ビル・エヴァンス関連書籍
『完全採譜 ビル・エヴァンスが弾きたくて(模範演奏CD付)』林 知行 編
🎹 どんな本?
本書は、ビル・エヴァンスの代表的な演奏を完全採譜で収録したスコア集であり、実際にエヴァンスのプレイをピアノで体感したい人にとっての実践的な模倣教材です。模範演奏CDが付属しており、エヴァンスの独特なフレージングやタイム感、ボイシングを“耳と目”の両方で確認できる構成になっています。
🔍 特徴・魅力
- 完全採譜スコア:単なるメロディ+コードではなく、左手のボイシングや微細なタイミングまで丁寧に記載。
- 模範演奏CD付き:聴きながら学べる構成。リスニングと演奏の往復が可能。
- エヴァンスの「演奏言語」理解に役立つ:耳コピで見えなかった構造がスコアとして可視化される。
- 林知行氏による解説も秀逸:和声・リズム・フレーズに対する音楽理論的なコメント付きで、実践と理論をつなげたい人に最適。
🎯 こんな人におすすめ
- エヴァンスの曲を1曲でも「そっくりに弾きたい!」というピアノ学習者
- 耳コピが苦手だけど、構造を理解して学びたい人
- 自分のソロやアドリブにエヴァンスの語法を取り入れたい中〜上級者
- 和声感やタイム感、フレーズ構築の実例を分析したい音楽理論学習者
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👉 完全採譜 ビル・エヴァンスが弾きたくて(模範演奏CD付)
『ビル・エヴァンス: 孤高のジャズ・ピアニスト』河出書房新社 編(2023年11月刊)
🧱 どんな本?
2023年に刊行された本書は、エヴァンスの人物像と芸術性を多角的に掘り下げる最新の評論集であり、没後も評価が高まり続ける彼の音楽を、現代の目で再検証する試みです。単なる伝記ではなく、批評・対談・論考・資料・年表を網羅し、「なぜエヴァンスはジャズ史において特別なのか?」という問いに正面から挑んだ内容となっています。
🔍 特徴・魅力
- 現代の視点から読み直すエヴァンス:新世代評論家や現役ピアニストによる寄稿を多数収録。
- 全録音リスト・年譜付き:研究・分析にも使える資料性の高い構成。
- 豊富な写真やスコアの断片も:ヴィジュアル面でも彼の美学を感じられる。
- 「エヴァンスがなぜ今なお響くのか」を解き明かす:ロマン主義・ハーモニー・沈黙の美など、音楽的・哲学的観点が交差。
🎯 こんな人におすすめ
- エヴァンスの音楽に“感動してしまった”経験のあるすべてのリスナー
- 一歩踏み込んだ分析を読みたい音楽理論・ジャズ史ファン
- 演奏家として彼の影響を受けてきた中・上級ピアニスト
- 音楽と精神性の関係を深く探りたい読書家・研究者
📝 読んで得られる“気づき”
- 「ビル・エヴァンスはなぜ“孤高”と呼ばれるのか?」
- 「彼の“静けさ”には、どういう音楽的な意志があるのか?」
- 「表現における“余白”と“間”とはどう機能するのか?」
こうした疑問へのヒントが、本書のあらゆるページにちりばめられています。
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『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄』中山康樹 著(2005年3月刊)
🧠 どんな本?
本書は、伝説のジャズ評論家・中山康樹氏がビル・エヴァンスについて語り尽くした、批評と私的エッセイの中間のような一冊です。明確な章立てではなく、“断章”スタイルでエヴァンスの美学や演奏、人物像を描き出しており、音楽的記述と文学的感性が共存する異色の評論本となっています。
🔍 特徴・魅力
- 明晰な批評と私的な情熱が交差:知識だけではなく、感情や体験も込めて綴られた文体が魅力。
- 断片的であるがゆえに深い:読者の想像力を刺激する「空白の行間」もエヴァンス的。
- “聴く前より、深く聴けるようになる”読後感:演奏の聴こえ方が変わる読書体験が得られる。
- エヴァンスの死生観や精神性にも焦点:単なる演奏テクニックを越えた“音楽を生きる”感覚に迫る。
🎯 こんな人におすすめ
- 音楽だけでなく“生き方としてのビル・エヴァンス”を感じたい人
- ジャズ評論の名文を味わいたい読書家
- 断片的な語りから「自分のエヴァンス像」を組み立てたい思索型リスナー
- 語り口の柔らかさから、初心者にも優しく入れるエヴァンス本を探している方
📝 読んで得られる“気づき”
- 「ビル・エヴァンスの“沈黙”とは何か?」
- 「トリオの“対等性”という概念の核心」
- 「なぜ彼の音楽は“冷たくも熱い”のか?」
演奏分析より“気づき”を大切にする方には、まさに最良の一冊です。
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▶️ 次回(第2回)予告
ビル・エヴァンスは、単にピアノを弾くのではなく、「音を聴くこと」そのものが練習だと語っています。
次回は、彼の“耳の育て方”に迫ります。
演奏力を支える「内なる聴覚」とは──?
👉 第2回:「練習とは“聴くこと”──ビル・エヴァンスの自問自答から学ぶ耳の育て方」
📚 この連載の全体構成を見たい方へ
この記事は、全4回シリーズ「言葉で出会うビル・エヴァンス」のスタート地点です。
連載全体の構成や、今後の記事のテーマをあらかじめ把握しておきたい方は、以下のまとめページをご覧ください。
📝 クリエイティブノート(著作権・編集方針)
※本記事は、レン・ライオンズ著『ザ・グレイト・ジャズ・ピアニスト』(The Great Jazz Pianists)収録のビル・エヴァンスのインタビュー内容に基づいて構成されています。オリジナルの文面を直接引用せず、教育的意義のある編集と意訳・再構成によって、現代の読者が学びを得られる形で再構成しています。
本記事は著作権法第32条「引用」に該当しないよう、逐語的引用を避け、内容の要点や思想を教育目的で咀嚼・整理した二次的著作物として構成しております。
文・構成:浦島正裕(ジャズピアニスト/音楽理論講師)
ピアノと言葉を通して、日々、音楽の仕組みと心の動きの接点を探し続けています。
音楽の音にある「理由」を、常に多角的に考えています。
☆『THE PALM OF A BEAR』/浦島正裕